支那事変(「日中戦争」)の起点は一九三七(昭和十二)年八月十三日が、歴史的な事実

『ひと目でわかる「日の丸で歓迎されていた」日本軍』水間政憲

 蔣介石は、日本を戦争に引きずり込む目的で、虐殺殺傷事件を繰り返していました。それを我慢強く「隠忍自重」していた日本軍は、前述した一九三二年に勃発した "上海事変" 後に締結した「上海停戦協定」を蔣介石軍が一方的に破り、日本軍の基地が爆撃や砲撃され、一九三七(昭和十二)年八月十三日に応戦して「支那事変」になったのです。(p34)