今、まさに福沢諭吉の「脱亜論」を実践するときなのだ

『ひと目でわかる「日の丸で歓迎されていた」日本軍』水間政憲

 二十数年前から言い続けてきたことですが、福沢諭吉は百三十年前に『脱亜論』(明治十八〈一八八五〉年)で、日本の不幸は中国と朝鮮と断言し、「この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し」と断りながらも、「もともと人種的に異なるのか…教育に差があるのか……日本との精神的隔たりはあまりにも大きい」と分析し、「情報がこれほど早く行き来する時代にあって」も、「近代文明や国際法について知りながら……過去にこだわり続ける中国・朝鮮の精神は千年前と違わない」と喝破して、現在の中国や韓国が繰り出す歴史認識と同様のことを、「国際的な紛争の場面でも『悪いのはお前の方だと開き直って恥じることもない』」と、痛烈に批判を加え、「この二国が国際的な常識を身につけることを期待してはならない……『東アジア共同体』の一員として、その繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである」と、現在と見間違える論説を説き、そして、「日本は、大陸や半島との関係を絶ち……ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない……この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい……悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない」と、現在に通じる提言を述べ、最後に「私は気持ちにおいては『東アジア』の悪友と絶交するものである」と、これから百年先、千年先、日本人が日本人として生きて行く道を説いてくれていたのです。(p56)