或るタクシー運転手の言葉

西岡昌紀(著)『オッペンハイマーはなぜ死んだか/長崎に原爆が落とされた謎を解く』(飛鳥新社・2021年)まえがき  西岡昌紀
http://blog.livedoor.jp/nishiokamasanori-rekishiokangaeru/archives/85693156.html

 ジュリアス・ロバート・オッペンハイマーは、広島・長崎に投下された原爆の製造を指揮したアメリカの物理学者である。戦後76年もの間、世界は彼の名前を忘れた事はなかった。それどころか、広島と長崎への原爆投下という歴史に残る事件と不可分の記憶となった彼の名前は、世界中の人々によって想起され、言及されて来た。
 その一例として、ジャーナリストの高山正之氏のこの回想を紹介しよう。高山氏が、アメリカを訪れた際の出来事である。

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  ロサンゼルス空港で乗ったタクシーの運転手が、こっちが日本人だと知って「申し訳ないことをした」といきなり謝ってきた。

 彼はソ連崩壊のあとウクライナからやってきたユダヤ人で、彼らのコミュニティには日本にまつわる言い伝えがあった。

 ユダヤ十二部族のうち二部族が消えたと旧約聖書にあるが、その一つが日本人だったというのだ。

 なのに「(ユダヤ系の)オッペンハイマーはその日本に落す原爆を作った」というのが謝罪の理由だった。

 そんなことがきっかけで、ウエストハリウッドにある彼の家にも遊びに行くようになった。(後略)

高山正之「変見自在」(週刊新潮/2005年7月28日号・154ページ)より)

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 このユダヤ人のタクシー運転手を含む、戦後世界に生きる者の多くの者が、国籍、人種、そして歴史観を問わず、オッペンハイマーを意識し、語り続けて来た。彼に対する評価は様々である。とにかく、世界の人々は、彼の名を忘れる事が出来ず、彼を意識し続けて来た事だけは、間違い無い。