ドイツ系住民の迫害・虐殺

ウクライナ紛争 歴史は繰り返す』馬渕睦夫

 ルーズベルトヒトラーとの戦争を決めていました。イギリスのチェンバレン首相の頭越しに、強硬な反ヒトラー主義者であるチャーチル接触して戦争熱を煽らせるとともに、チェンバレンからの和平へ向けてのルーズベルトの介入要請を拒否し続けました。ルーズベルトの特使であるブリット駐仏大使はルーズベルトの直々の指示に基づき、アメリカは必ずポーランドを支援するのでドイツと戦争するようポーランド政府に執拗に迫りました。アメリカの強い援軍を得て、ポーランドはドイツを不必要に刺激する挑発行動を取りました。ポーランド回廊のドイツ系住民の迫害・虐殺です。1939年9月1日のドイツによるポーランド侵攻の直前には、約6万人のドイツ系住民がポーランド軍などによって惨殺されました。ヒトラーポーランド侵攻決断の最後の一押しになったのが、ドイツ人の虐殺だったのです。自国民保護という国際法上の大義名分でした。(p04)