ルーズヴェルトの登用

『共産中国はアメリカがつくった』ジョゼフ・マッカーシー

 マーシャル夫人はその後の成り行きを著書に記述している。

 夫〔マーシャル大佐〕は当時参謀総長だったマッカーサー将軍に手紙をしたため、これまでの陸軍生活で初めて、特別な配慮を願い出た。フォートベニング訓練基地で四年間の教官を務めた後、実戦部隊から離れてふたたび州兵相手の教官に就任するとなれば軍人としての将来はないと夫は感じていた。夫は連隊にとどまっていられるように願い出た。
 私たち夫婦は一週間とたたないうちにシカゴへ向かった。娘と二人の息子は、住まいを見つけるまでボルチモアで待っていた。私は、シカゴでの最初の数ヵ月を一生忘れることはない。夫があれほど暗くやつれた顔つきをしていたのは、後にも先にもこのときだけだった。

 これが一九三三年時点のマーシャルの姿だ。マッカーサーによって連隊司令官を解任されたマーシャルはその六年後、ルーズヴェルトによって米国陸軍参謀総長に登用されることになる。連隊司令官としては失格だったのに、大統領が陸軍の最高ポストに抜擢した理由はいまだに謎のままだ。その六年間でマーシャルは何か輝かしい功績を上げたのか? 軍人としての能力が認められて参謀総長ポストのお鉢がまわってきたのか? それとも、失敗を成功に転化させるような政治的裏工作があったのか?(p28)