是正

『シナ大陸の真相』K・カール・カワカミ

 小堀桂一郎

 ここに至るまでに、日本国内で日本人研究者の手に成る学術的・良心的な東京裁判の批判的研究の公表点数は夥しいものであり、それが国内に瀰漫してゐた東京裁判史観一辺倒の空気を払拭とまでは至つてゐないにせよ、或る程度是正するのに大いなる力を発揮したことは勿論なのだが、残念ながらそれらの東京裁判批判論は言語の障壁を越えて広く国際社会に影響を及ぼす様な力は持ち得なかつた。この局面に於いて国際的影響力を持ち得たのは主としてアングロサクソン系の歴史学者達の手による英文の学術的業績であつた。(p04)


 実に空しく莫迦々々しい争ひとは思ふのだが、挑まれた以上は応戦しなくてはならない。少なくとも相手の居丈高な怒声・罵声を張り上げての糾弾に対し、臆せず怯まず、次々と反駁・反撃の材料を繰り出してやり返すだけの豊富な武器を我々は手にしてゐなくてはならない。現在の日本の知識人には、この反撃のための材料がまだ甚しく乏しい様に思はれる。且つその武器は、現在の中国人の様な一つの固定観念に凝り固まつた相手に対しては、現在自分は斯く考へる、斯く判断する、といつた学術的討議の論法では通用しない。なるべくなら昭和十年から十二年当時の支那大陸の実情を、その当時の公正な観察者の眼で見たと言へる様な記録、謂はば同時代の目撃証人による証言の記録が欲しい。その記録が当時の国際社会に於いて公正と認知されたものであれば更によい――と、およそこの様な外枠を設定して、私はこの枠に当てはまる歴史文献の蒐集を心がけてきた。
 その探索の途上で、或日私はふとこのカール・キヨシ・カワカミの Japan in China にめぐり合つた。そして、これは上記の基準に照して、対中国「歴史認識」論争の際に、我々が有力な武器として使ふことのできる材料の一であると直感した。(p06)